2005/12/22

ベトナムコーヒー

asahi.com18日】ベトナムがブラジルに次ぐ世界第2のコーヒー輸出大国であることは、あまり知られていない。生産の本格化はベトナム戦争後と歴史が比較的浅く、インスタントコーヒーなど加工用が多いからだ。ただ、輸出が急増したため、他の生産国から「国際価格暴落の元凶」と激しい批判にさらされた。そんな中でカフェチェーンを大規模に展開する新手のコーヒー企業が現れ、「ベトナムコーヒー」の品質向上とブランド確立の旗を振っている。
 ベトナムはコーヒーの国だとずっと思っていたのですが、本格的に輸出を始めてからまだ日が浅いのだそうです。輸出額拡大期には他国から「国際価格暴落の元凶」と批判されたそうですけど、大きなお世話です。どう考えても批判の矛先が間違ってます。単なる負け惜しみにしか聞こえませんね。それでブラジル人が食えなくなったって知ったこっちゃありません。

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 チェーン展開のチュングエンコーヒーは国内約2000店舗、海外にも4カ国に進出しているそうです。日本にもあります。フランチャイズ制なのが爆発的な店舗拡大を後押ししているようですが、開店基準はほとんどないと言ってもいいくらいハードルは低そうです。町外れではかなりぼろやでもチュングエンの看板を掲げているのを見かけます。写真の店舗でも全体の中ではかなりきれいな部類に入るのではないかと思います。日本ではちょっと洒落た店だと思われてるかもしれませんけど、ベトナムの店を知れば、とてもチュングエンブランドを買う気にはなれません。

●「安い加工用」から転換
 ベトナムコーヒー・ココア協会によると、コーヒー4600トンを初めて輸出したのは81年。その後、耕作地はどんどん拡大。生産量は00年に72万トン、01年には90万トンに増え、その9割以上を輸出している。同国ではコメに次ぐ輸出額だ。ベトナムからの輸出が拡大するのとは裏腹の形で、コーヒーの国際市況は01年に暴落。他の輸出国から「世界一安い労賃を武器にした価格破壊」と非難された。国内生産の6割を占める中部高原南部のダクラク省では、平均的なコーヒー農家の月収は現在、約100万ドン(1万ドン=約75円)とされるが、数年前はその3分の1だったという。
 省都バンメトートから西へ約40キロ、少数民族エデ族が多数を占めるクロンブク地区。国営ブオンホーコーヒー社は、仏占領下以来、60年以上の歴史を持つ。標高約750メートルにある約1400ヘクタールの農場では、収穫が追い込みに入っていた。今年は干ばつで収量は1ヘクタールあたり1.3トンと昨年から半減、過去10年で最悪という。国全体でも3割ほどの減産になりそうだ。ただ、輸出膨張への批判は静まると期待されるため、関係者の表情は複雑だ。
 農園にある木のほとんどは、人の背丈ほどのロブスタ種。一方、一回り小ぶりなアラビカ種が、農園の一角の約20ヘクタールに植えてあった。ロブスタはインスタントや缶コーヒーの原料などに使われる。売値は1キロあたり1万5000ドンと安い。一方、レギュラーコーヒーに使われるアラビカは同2万5000ドンだ。政府はここ数年、農家や国営企業にアラビカへの転作を勧めてきた。だが、全国約50万ヘクタールのうちアラビカはまだ2万ヘクタール。ブオンホー社のチャン・スォン・ビン社長は「長年ロブスタを育ててきた土壌にアラビカはあわない。標高も少し足りない」と話す。零細農家にとって、アラビカは栽培に手間がかかるうえ、植え替えれば2年は収穫ができない難点もある。
●カフェチェーン海外進出
 ベトナムコーヒーはロブスタ種が主流のうえ、収穫後の品質管理が十分でないこともあって、ブランド価値は低い。そんなお寒い評価に挑戦しているのが、国内にカフェ約2000店を展開する「チュングエン・コーヒー」だ。民芸品をあしらった店づくり、豊富なメニュー、同国初のフランチャイズ制で急成長し、日本など外国4カ国にも進出している。
 設立は96年。ダン・レグエン・ブー社長(34)が医学生だった25歳の時、バンメトートで40平方メートルの事務所を借りて、焙煎(ばいせん)した豆の販売を始めた。2年後にはホーチミン市にカフェ1号店を出した。郊外の工場では、約700人の女性従業員が、焙煎されたコーヒー粉を輸出用パッケージに詰めてゆく。欧米やアジアなど40カ国に自社ブランドで1万トンを輸出する。独自基準に合格した農家と契約して品質管理に努めている。インスタントコーヒーなど加工品にも手を広げ、宣伝に力を入れる。

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