2005/07/20

ウェストモーランド司令官死去

【AP=CNN】サウスカロライナ州チャールストン――ベトナム戦争当時の米南ベトナム援助軍司令官だったウィリアム・ウェストモーランド元陸軍参謀総長が18日夜、当地の高齢者向け住宅で死去した。91歳だった。息子が明らかにした。
 ウェストモーランド退役将軍の息子ジェームズ・リプリー・ウェストモーランド氏によると、ウェストモーランド氏は数年前から妻と暮らしていた高齢者向け住宅で、「自然の原因によって」死亡したという。
 1964-68年にかけてベトナム戦争の現地作戦を指揮したウェストモーランド将軍はかねてから、米国はベトナムで敗戦したわけではないと主張。「それよりもむしろ、我が国が南ベトナムに対する義務を十分に果たさなかったという方が正確だ。ベトナム(で戦ったこと)によって米国は10年にわたり防衛戦を守り、(ドミノ理論の)ドミノが次々と倒れるのを防いだ」と発言していた。


 北爆から本格参戦した時期の最高司令官だったウェストモーランド氏が亡くなったそうです。多分ベトナムじゃ全然報道されてないと思うんですけど、明日の朝刊にでも載るでしょうか。それともスルーかな。「米国はベトナムで敗戦したわけではない」という主張は立場的なこともあるかもしれないですけど、ほんとはそう思ってるアメリカ人も多いでしょう。アメリカが戦争で勝てなかったのは独立以来初めてのことで、しかもベトナムなんちゅう小国相手にてこずったことにプライドを疵つけられて、「勝てなかった≒負けた」という受け止め方をしてます。勝手に戦争始めたのもアメリカだし、南ベトナムを捨てる決断をしたのもアメリカです。撤退後アメリカの意向で世界から完全に村八分にされたことからも明らかです。

 結局のところ、海外の反戦運動はどうでもいいとしても国内世論が抑えられなくなったので方針転換しただけなのはみんな分かってます。でも、ベトナムの教育ではアメリカに勝ったことになってます。それは歴史の捉え方の問題なので譲るとしても、圧倒的に打ち負かしたことになってるのはどうなんでしょうか。ひとつの例を挙げると、60年代後半にアメリカ大使館を急襲したことがありました。周到に計画したにもかかわらず完全に打ちのめされてほぼ全滅だったそうです。その時戦死したベトコンと北軍兵士のための鎮魂の石碑がアメリカ大使館(現アメリカ領事館)の前に立てられています。その時の心労がホーチミンの寿命を縮めたとも言われてますが、公の場ではあまり語られない話です。
 今の大学生に本気でアメリカに連戦連勝したと信じてるベトナム人がいるのを見ると教育の力を思い知らされます。
ベトナム戦争の遂行者のひとりとして国の内外で非難され続けたことについては、歴史が自分をどう評価するのか見当もつかないとして、「私ほど長い間、現場の指揮にあたった者はそうはいない。(政府は)私をあそこにやって、私のことを忘れ去った。しかし私は毎日、1週間のうち7日間毎日、14-16時間働いていた」「謝罪するつもりも後悔するつもりもない。私は最善の努力をした。私の人形が絞首刑にさらされたこともあった。つばをかけられたこともあった。しかしこういうことは気にしないようにしないとならない」と話していた。
 ベトナム戦争は米国世論を分断し、国民生活に多くの傷跡を残した。その傷が癒され始めたといえる1982年11月、ワシントンのベトナム戦争慰霊碑に向けてベトナム帰還兵数千人の先頭に立って行進。「人生で最も感動的で誇り高い経験のひとつだ」と語っていた。72年に退役。晩年は米国各地の帰還兵の集会に出席していた。

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