【毎日新聞11日】「人生で2度、ボートに救われた。でも、今回のほうが怖かった」。大型ハリケーン「カトリーナ」の被災者でベトナム系米国人のタム・グエンさん(43)はテキサス州ヒューストンの教会に設置された避難所で顔をこわばらせた。
「カトリーナ」に直撃されたルイジアナ州ニューオーリンズには「サイゴン」という名の通りもあり、約8000人のベトナム系住民が暮らしていたといわれる。ボートピープルとして故国を脱出した経験を持つ多くの住民が再び、すべてを失い、隣州の同胞の下に身を寄せている。
日本に比べ海外のニュースに長い時間が割かれるベトナムメディアですから、今回のハリケーン被害も連日報道されています。最近はNHKで総選挙特番ばかり見ていて地元テレビ局にチャンネルを合わせることがほとんどなかったんですが、今日ニュースを見ていると今もカトリーナ関連のニュースが報じられています。ニューオーリンズにはベトナム人が8千人だそうです。多いといえば多いですが、北米で100万以上いますので、やはり西海岸を離れると数がだいぶ減るみたいです。それでも、被害のあった一都市だけで8千人。全体ではベトナム人の被災者は相当数に上るはずです。伝え聞くところによると全米のベトナム人もベトナム人被災者のために義援金を集めてるんだそうです。まさかベトナム在住のベトナム人から資金援助がいくことはないでしょうけど。
ハリケーンが上陸した8月29日午後、グエンさんはたった一人でニューオーリンズ市内の自宅にいた。子ども5人はテキサス州ダラスの親類宅に避難、同市役所に勤める夫(53)は母親を連れて前日に市を脱出していたが、グエンさんはそれほどひどくなるとは思わなかったという。
しかし、増える水を見てグエンさんは「死ぬほど怖くなった」。近くのベトナム系住民の集会所に駆け込むと、300~400人の同胞が集まっていた。同31日にボートで脱出し、近くの高速道路の高架の上で一夜を過ごした。9月1日、州兵に誘導され、臨時避難所となったコンベンションセンターに移動した。
センターは混乱を極めていた。鼻を突く悪臭。レイプされ、殺された子どもの遺体が2階にあるといううわさが広まった。子どもを真ん中、次に女性を座らせ、一番外側に座った男たちが防護した。グエンさんは「のども渇かないし、食欲もなかった。恐ろしくて一睡もしなかった」と話す。
同月2日、グエンさんの居所を突き止めた夫がセンターにやってきた。「すぐにここから出るぞ」。夫婦は5人の親族と車でテキサス州に脱出。ベトナム人神父が経営するヒューストン郊外の教会に身を寄せた。
同じ教会には約200人のベトナム系住民が暮らす。美容師キム・トレンさん(33)は8歳の時、ボートでフィリピンに脱出した。「当時は水もなくなり、このまま死ぬのかと思った。それに比べればまだ、ましだ」と楽観的だ。
元南ベトナム軍兵士で、75年の統一後、8年間の刑務所暮らしを強いられたトロング・ヴさん(79)は「ハリケーンなど何でもない。財産をすべて失っただけだ」と淡々と話した。
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