2005/05/19

解放記念日の見方

 解放記念日だ30周年だとイベントやら式典やらで騒いでいたのも早いものでもう3週間前になります。前に解放記念日にまつわる新聞各紙の記事をまとめてみたことがありました。その時以下の記事も載せようかどうか悩んで、結局その時はやめておいたんですけど、今日ブックマークを整理してたら見つけてしまったので、覚書としてコピペしておきます。こういう記事好きですね。
 まぁ、今日はネタがないんです。


【世界日報4月30日】
サイゴン陥落/教訓を対中国政策に生かせ
 ソ連など国際共産主義勢力の武器・物資援助を受けた北ベトナム人民軍と南ベトナム解放戦線が、南ベトナム(ベトナム共和国)の首都サイゴン(現ホーチミン)を陥落して三十年たった。このベトナム戦争は、さまざまな虚像を鮮明に浮かび上がらせた。
 その第一は、当時の“進歩的文化人”と呼ばれる左翼学者や大手メディアらが主張していた「民族解放」戦争という性格付けの誤りである。
進歩的文化人らは猛省を
 ベトナム戦争は、北ベトナムによる共産主義革命のための戦争だった。統一ベトナムの共産党独裁政権は、ボートピープルだけでも約八十万人を出したが、進歩的文化人らは無責任な傍観者でしかなかった。今からでも猛省すべきである。
 もう一つの虚像は、わが国のマスコミの多くが、あたかも米軍が最後までベトナム戦争に介入していたかのように伝えたことだ。しかし、米軍は七三年三月二十九日にベトナムからの完全撤退を終了していた。七三年一月十七日に締結された米・北ベトナムのパリ協定で、北ベトナムが「南ベトナムの政治的将来は南ベトナム人民が自ら決定する」として南ベトナムの民族自決権を認めたからだ。
 このパリ協定の功績で一九七三年、キッシンジャー米国務長官とレ・ドクト北ベトナム外相の二人がノーベル平和賞を受賞した。だが、これはベトナム最大の武力を有する米軍を撤退させ、北ベトナムが軍事的ヘゲモニーを確保するための罠(わな)だった。共産革命のためには二枚舌を使うことを“道徳”としている共産主義者への基本的認識が不足していたのだ。
 結局、北ベトナム軍はパリ協定を守らず、人民軍の引き揚げに応じないばかりか、かえって南ベトナムへの軍事行動強化に動いた。
 一方、米議会は北ベトナムの動向に目をつむり、七三年七月、「南北ベトナム、カンボジア、ラオスの領土領海領空を含んだインドシナ全域での米予算支出を禁ずる」という決議を通過させた。
 北ベトナムとすれば、これでカウンターパンチなしで南ベトナムに対する軍事行動を大胆に進めるカードを手にしたことになった。こうしたベトナム戦争の教訓は、現在に生かしてこそ意味がある。
 東アジアで安全保障面でのリスクを抱えているのは、東アジアの火薬庫である台湾海峡と韓半島だ。とりわけ台湾の独立問題に神経をとがらせている中国は今春、全国人民代表大会(全人代)で台湾独立阻止に武力行使も辞さないとする台湾政策を国内法で裏付ける「反国家分裂法」を採択した。
 そうした中国へ欧州連合(EU)は「対中武器禁輸」の解除を検討中だ。EUは中国の経済発展に目がくらみ、将来は米国に対抗できるアジアでの覇権確立に動こうとしている大局を見据えてはいない。だが、EUが「対中武器禁輸」解除を発動すれば、EU内部だけでなく武器輸出国同士の対中武器輸出競争に発展しよう。
 三十年前のサイゴン陥落は、米国を中心とした西側諸国と戦うソ連など共産主義勢力の支援や、北ベトナムの二枚舌とそれに踊らされたリベラルメディアや進歩的文化人および全世界的な反戦運動家、そして米国の脇の甘さなどがもたらした悲劇である。
欧米諸国は脇を固めよ
 中国の大局的戦略をしっかり見詰めた上で欧米諸国が脇をしっかり固めなければ、ベトナムの轍(てつ)を再び踏みかねないことを認識しておくべきだ。

世界日報社

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