2005/05/07

戦後初の米訪問


【ワシントン5日時事】世界各国の宗教の自由に関する問題を担当している米国のハンフォード無任所大使は5日、国務省で記者会見し、ベトナム政府が宗教の自由拡大のため、法制改革など各種措置を約束したことを明らかにした。
 一連の改善策は、6月末に見込まれるファン・バン・カイ首相の初訪米に向けた環境づくりの一環とみられる。

 ファン・バン・カイが今年6月21日にブッシュ米大統領と会談するというのがここ数日大きく取り上げられています。戦後初のベトナムの要人の訪米ということで、国内ではもちろん両国の関係改善など良い面しか報じられませんが、ベトナムとしては今年中に目指すWTO加盟への米国の後押しや軍事力を強化する中国への牽制、それに最も大きいのは経済発展への協力と投資の誘致という本当の目的があるわけです。先日の解放30周年記念でも恒例となっていたベトナム戦争参戦国への非難を封印したり、今度は宗教の自由化だそうです。ベトナムも必死ですね。

 ところで、南部解放30周年記念の報道は各国で大きく扱われたようです。無論日本のメディアでも。関連記事がやたらヒットしました。75年当時の日本のメディアの立場がどうあったのかよく分かりませんが、いちおうは世界的な反戦ムードの中でアメリカの撤退は好意的に受け入れられたと私は思ってます。でも、祝福すべき終戦のきっかけとなった4月30日の式典に関する報道を見てもメディアの立場がよく分かって面白いです。各紙の記事を一部抜粋します。ちょっと長いです。
●産経
 ベトナム戦争が終結した「サイゴン陥落」から三十日で三十年を迎える。終戦を機に社会主義国家として復興と発展を目指したベトナムは今、敵国だった米国との間でも関係改善を進め、「戦後」に別れを告げつつある。戦火や戦後の混乱を避けて米国など国外に脱出していた越僑たちの一部も帰国し、経済成長の牽引役となっている。
��中略)経済発展の一方の牽引役が台湾、中国、シンガポール、韓国、日本などからの投資であり、ベトナムはそのために米国との関係強化を待ち望む。
 まだ上位十傑に入っていない米国からの投資を呼び込み、成長に弾みをつければ東南アジア諸国連合(ASEAN)の後発国から抜け出す道筋も見えてくる。今夏のファン・バン・カイ首相の初訪米を実現させ、その跳躍台にしたいところだ。ベトナム共産党序列四位のチェット同市党委員会書記は「過去は脇に置き、話し合いで対米関係を前進させたい」と“未来志向”を強調した。
 多くの米国人観光客も訪れるようになった。観光ガイド業者のグエン・バン・ホイさん(36)によると、贖罪の気持ちで訪越した米国人は住民の歓迎ぶりに驚くという。
 ホイさんは「わが国は中国、米国、フランス、日本など、多くの国々と戦争を繰り返してきた。過去の敵の名前を挙げ始めたら、友人はいなくなってしまう」と話す。
 戦争の遺恨が完全に消えたわけではない。
●読売
 ベトナム戦争終結から30年を迎えた30日、当局はホーチミン市(旧サイゴン)で記念式典を開いた。
 式典では「サイゴン陥落」当日に生まれた若者に初めて演説させ、ベトナムの戦後が節目を迎えたことを演出した。
 戦争を知らない国民が過半数を占める中、一党支配を堅持する共産党政権は、若い世代に抗米戦争勝利の意義を訴え、国威発揚に向け求心力を高めるねらいがあるとみられる。 政府の統計では、2003年時点で戦後生まれは人口の5割、34歳までを加えると6割に達している。
 式典で、1975年4月30日生まれを代表して演説した若者は「我々は前の世代に続き国家建設に努める」と決意を表明した。
 政府は同夜、国営企業に大規模な誕生パーティーを開催させ、終戦の日にベトナム全土で生まれた約2000人のうち、約1000人が出席した。
 参加した旧サイゴン生まれの女性歯科医ファン・ティ・タム・ビンさんは、両親から「誕生15分後に『サイゴン解放宣言』があった」と聞いた。ドイツに留学して腕を磨くのが夢といい、「本当の資本主義がどんなものか海外で見てみたい」と好奇心をのぞかせた。 ベトナムは30日から振り替え休日を含む4連休。ホーチミン市内の高級デパートは多くの人でにぎわっている。買い物にきた男子大学生(20)は英語、スペイン語、イタリア語を勉強中で、ウエーターと塾講師のアルバイトで月20万ドン(約13ドル)を稼ぐという。共産党政権について聞くと、英語で「何だか怖いイメージがあってあまり関心はない」と話し、肩をすくめた。
 ベトナム戦争で前線にいた「英雄」たちも、社会の一線から退きつつある。
 30年前に旧南ベトナム大統領官邸(現・統一会堂)に突入、ズオン・バン・ミン元大統領を連行した元北ベトナム軍兵士の1人、グエン・フイ・ホアンさん(54)はこの日、記念式典出席のためホーチミンを訪れ、「美しい建物の中は不気味な静けさだった」と当時の様子を振り返った。
 ホアンさんは戦後、国営企業で建設関係の業務に携わり、92年に退職。今はハノイで洋服販売店を営む妻や息子2人と暮らす。大学で建築を学ぶ長男は当時の自分と同じ年齢になった。
 「長男は軍よりも政府機関への就職を望んでいる。本人の意志に任せようと思う」と話していた。
●日経
 ホーチミン市で30日開催したベトナム戦争終結30周年記念式典で、ベトナム共産党・政府は終戦記念式典としては初めて戦後補償に関する米国非難を封印した。今後の経済発展には米越関係の緊密化が重要との姿勢を強く打ち出すと同時に、ベトナム戦争という悲惨な歴史に節目をつけることを狙ったようだ。
 記念式典で相次ぎ演説した党・政府幹部の口からは最後まで米国を非難する文言は出なかった。これまでの終戦記念式典では「参戦国は戦禍を取り除く責任ある行動を」などと米国を暗に責めてきただけに、「歴史的な転換」と受け止められている。
 今なお国内には戦争中に米軍が散布した枯れ葉剤の後遺症に苦しむ人は多い。しかし、世界貿易機関(WTO)への早期加盟を目指すベトナムにとって米国の協力は不可欠。6月にファン・バン・カイ首相が訪米を予定していることも米国に配慮した背景だ。
●東京
ベトナム戦争終結から三十周年を迎えた三十日、ベトナム南部のホーチミン(旧サイゴン)市内で、約五万人が参加して祖国統一を祝う記念式典が開かれた。
 三十年前、当時の北ベトナム軍や南ベトナム解放民族戦線により、南ベトナムの首都サイゴンは陥落した。この日、街には国旗や色とりどりの旗、花々が飾り付けられ、祝賀ムードにあふれた。
 式典は、市中心部に現存する南ベトナム大統領官邸(現・統一会堂)前の広場で開催。ベトナム戦争の英雄、ボー・グエン・ザップ将軍(94)など軍や共産党の要人が顔をそろえた。
 かつて米国の支援を受けていた「首都サイゴン」も、今ではドイモイ(刷新)政策で経済発展を続ける「ベトナムの象徴ホーチミン市」に変身。チャン・ドク・ルオン大統領は演説で「ホーチミン市は、ベトナム全体の発展を加速させるエンジン」とたとえるなど、政治色を薄め今後の経済発展に期待を表明した。式典に続いて、軍人や、鮮やかな伝統服アオザイに身を包んだ女性らが、通りを整然とパレードした。
●毎日
 3月からベトナム各地で続いた「祖国統一30周年記念式典」の締めくくりとなる最大の式典が30日、旧南ベトナムの首都でサイゴンと呼ばれたホーチミン市中心部で開かれた。舞台は、かつての南ベトナム大統領官邸前。今は南北統一の象徴として統一会堂と称される。参加した市民は政府発表で5万人。しかし、人々の心中は決して祝賀一色ではない。
 会場のひな壇には「ベトナム共産党 万歳」「独立と自由ほど尊いものはない」と記した垂れ幕が掲げられた。チャン・ドク・ルオン大統領は「さらなる発展に向けて全国民が団結しよう」と演説した。
 だが、元英語教師の女性(48)は「この国も人々も愛しているが、30周年を祝う気はしない」と話した。父は旧南ベトナム政府の官僚。統一後に仕事を奪われて収入の道を絶たれた。祖国に失望した父や兄は難民として米国に渡り、今も帰国の意思はない。女性は母親とともに残り、家族は離れ離れのままだ。
 戦後、共産党支配を嫌って海外移住した人は300万人。政府が帰還を奨励しても、永住帰国する人は少ない。女性は「この30年でよくなったのは経済だけ。コネとわいろが横行し、この国に希望は持てない」と嘆く。
 ベトナムは86年に経済開放路線を採用。戦後20周年の95年には米国との国交を正常化し、対米感情は好転した。戦争を経験した世代が複雑な思いを抱くのに対し、多くの若者の本音は「戦争のことは歴史の試験に出るから勉強したけど、よく覚えていない」「過去のことより今の生活の方が大事」といったところだ。
 経済の急成長の一方で、深刻化する汚職や貧富の格差。30年前の「栄光の歴史」をよりどころに国内の引き締めを図らざるを得ない現状に、ベトナムの苦悩がある。
●赤旗
解放勇敢に
 ノン・ドク・マイン・ベトナム共産党書記長、チャン・ドク・ルオン国家主席をはじめとする主だったベトナムの指導者が顔をそろえました。レー・カー・フィエウ前書記長、ボー・バン・キエト前首相も参加。九十四歳になるボー・グエン・ザップ元国防相が姿を見せるとひときわ大きな拍手が起こりました。
 ルオン国家主席があいさつし、ホーチミン市が今日のベトナム経済発展の推進力となっていることをたたえ、「ベトナムのみならず、東南アジア諸国連合(ASEAN)の経済・産業の中心になるべきだ」と述べました。ベトナム共産党ホーチミン市委員会のグエン・ミン・チエット委員長が記念演説を行い、ホーチミン市の市民が解放闘争を勇敢にたたかったことを強調し、今日のホーチミン市の発展を紹介しました。
平和の祭典
 集会後のパレードでは、人民軍兵士、民兵隊の行進に続き、医療、教育、金融機関、サービス部門などが行進。カートを繰り出したスーパーマーケットの隊列も。赤青二色の中央に星の南ベトナム解放民族戦線の旗を持った青年たちもいます。軍事色はわずかで、色あざやかな出し物、ブラスバンドや歌、踊りが披露される平和の祭典となりました。
 黒い民兵服にお下げ姿の民兵隊の隊列に参加したキム・ゴックさん(20)はホーチミン共産青年同盟員。「解放闘争については直接は知りませんが、歴史で学びました。試験にも出題されます」と語りました。
 前日の二十九日夜には花火が打ち上げられ、数十万の市民が街頭に繰り出して、観賞しました。
●朝日
 ベトナム戦争終結から30周年を迎えた30日朝、ホーチミン市(旧サイゴン)の統一会堂前で記念式典が開かれ、約5万人(公式発表)が参加した。
 チャン・ドク・ルオン大統領は演説で、30年前の「サイゴン解放」を祝い、南北統一後の発展に果たしたホーチミン市民らの貢献をたたえた。会場にはノン・ドク・マイン共産党書記長や退役軍人らが顔をそろえた。
 式典後、兵士や労働者、少数民族の代表らが会場周辺を次々にパレードし、沿道を埋めた観衆から拍手を浴びた。
 統一会堂は旧南ベトナム政府の大統領官邸だった建物で、75年4月30日に北ベトナム軍や南ベトナム解放民族戦線の戦車が突入、サイゴンが陥落して戦争が終わった。
 ベトナムの話題なのに暗に中国と韓国を皮肉るあたりさすが産経です。読売はまぁ順当なところでしょうか。毎日は中国韓国に関してもそうですが結構ずばっと言ってくれる記者もいて面白いです。でも、署名記事なんで誰が書いたか分かるんですが右左偏りがあるかも。赤旗はこんなもんでしょ。朝日はちょっと拍子抜けでした。私が短い記事を引っ張ってきたので事実を述べるのみで本領が発揮できなかったのかもしれません。

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