当初の創刊号に合わせた記事は来年2月のコラムとしては全くの時季はずれになってしまったので書き直しだろうか。折角書いたものだし、転載の許可をもらっているので以下に引用する。引用の条件として出典の明記を求められているが、無事創刊号が出たら追記で報告する。
中国文化に強い影響を受けていて陰暦を重んじるベトナムでは、西洋文明のしきたりに倣って西暦の新年が休日として認知され始めたのはごく最近のことである。外国との関係が今後の経済の行方を大きく左右し、またそれに委ねようとするベトナムは否が応でも先進国のやり方を取り入れざるを得ない。しかし、生活カレンダーは西暦であってもハレの日の多くは今もなお陰暦のものが多く残されている。中秋節もその一つだ。世界中の中華系の人々にとって中秋節は大きな行事であり、イベントの少ないベトナム人にとっても子供があといくつ寝るか日にちを指折り数えるほどの非常に大切な行事なのである。
中秋節は陰暦の8月15日。今年は西暦で言うと10月6日にあたる。子供にとってのこの日の一番の楽しみは夜に提灯を持って出掛けることであるが、大人にとっての醍醐味は月餅を贈り合うことにある。近所付き合いに、部下が上司に、生徒が先生に、仕事の取引先になどなど。中元に贈物を渡す習慣のないベトナムでは中秋節がまさにその役割を果たしている。見た目がまるで満月のような塩漬けのアヒルの黄身が餡の中に入った月餅をいくつもらえるか。日本人の中元の個数同様に、贈られた月餅の数がその人物の現在の立場と社会的地位を表しているのである。
この日の月餅は縁起物であるから、似たような菓子と比べてどれもやや高めの価格設定になっているが、その中にも高いものから安いものまで種類は豊富にある。業者はこの時期に一儲けしようと用意周到に準備を始めていて、海を越えた中秋節市場に輸出する規模の最大手K社は数ヶ月も前から準備に余念がない。K社は一番人気ということもあり少々強気の価格設定で、1個1万ドン程度のものから1個10万ドンを超えるものまでと選択肢は実に多い。価格は大きさ、具の種類、アヒルの黄身の数などで決まる。
ベトナム語で月餅はBánh Trung Thuと言い、中秋ケーキという意味だ。中秋ケーキの具の材料はというと、鶏肉、サラミ、緑豆、蓮の実、いも、椰子の実など、他にも数え切れないほどのバリエーションがあり、最近ではアワビ入りバージョン、ツバメの巣入りバージョンといった高付加価値商品も作られ、富裕層の景気の良さを窺い知ることができる。隣国では貴金属や高級洋酒と月餅が詰め合わせになった越後屋顔負けの贈答セットが贈収賄として問題になる事があると聞くが、ベトナムでも早晩そんな話題を耳にすることになるだろう。懐が潤えば贈る側も贈られる側もさらに欲をかいて上を求めるのは世の常。饅頭の下の小判のように、月餅と付け合わせとどちらが主役だか分からなくなると、ベトナムにも国家公務員に倫理規定ができて、「中秋ケーキの贈与等に関する法律」なんて法案が国会に提出される日が来るかも。今後どんな月餅セットができるのか興味深いところである。
この時期が近づくと即席月餅販売店舗で街はそれ一色に染まってゆく。普段は違う商売をしている店がこの時期だけ軒先にショーケースを出してきて委託販売を行ってみたり、大手の食品会社が公園の前や広い歩道などに特設店舗を構えたり、中秋節の一月ほど前からだんだんと街の雰囲気が変わっていくのが分かる。慌ただしさこそないものの、それはテト(旧正月)に向かう年末の雰囲気に似たところがある。通りや店頭が飾り付けられて売り子の声が聞こえてくると、子供も大人もなんとなく高揚し気持ちが浮かれてお祭り気分になっていく。
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